JINMOは自らを“表現者”と呼称する。これは音楽、絵画、文学などいわゆる芸術活動は人間の断片的一表現に過ぎず、日常生活に置ける衣食住の振る舞いのすべて、瞬間瞬間の顔の表情なども含め、あらゆる表現に優劣や、重要性の重軽はなく、すべての人はそれら全表現に自覚と能動性を持つべきとの考えに由来する。

 JINMOは音楽家としてもっとも知られてる。既にソロ・アルバムを40数作品リリースし、国内、海外で勢力的に演奏活動をおこなっている。

 その音楽は主としてエレキギターを、独自のタッピングと呼ばれる特殊奏法によっておこなわれる独奏であり、同時にコンピュータを用いた実験的現代音楽などもおこなう。

 また、舞踏、ダンス、舞台劇、アニメーションなどのサウンド・トラック制作もおこなう。

 近作に " Neo Tokyo! Special Edition"がある。

 加えてJINMOが精力的に継続している活動に“にこにこ音楽会”というものがある。これは神奈川県立の知的障害者施設の協力によるもので、“強度行動障害”と呼ばれる最重度・重複知的障害者(※)を対象とした音楽会である。

    (※)彼らの多くが言語など論理的な情報処理の能力を持たず、論理的記号化
        されている既存の童謡、テレビ番組、絵本などを楽しむ事ができない。

 JINMOは記号化される以前の、“音”によって原初的情感に働きかけ、彼らがその刺激に“悦楽”を覚えるような音楽会を実現しようとしている。
 この様子はアルバム“ひばりがおか(2000年・FEES)”にまったく未編集で実況録音されている

 JINMOは文筆家としての側面もある。1988年7月から2007年9月まで、日本の代表的音楽雑誌“月刊ギターマガジン(リットーミュージック社)”に毎月執筆し続けた。他にも“サウンド・アンド・レコーディング・マガジン”、“プレイヤー”、“ヤング・ギター”などにも度々寄稿している。

 JINMOは絵画表現もおこなう。書道家を母に持ち、幼児期には母の知人の書道家宅に通い、書道の基礎を学び、入賞経験も得る。
 成人してからは爆発的な独自の現代書道を始め、そのスタイルを“爆墨(ばくぼく)”と呼称し、非常に多くの作品を制作。
 ホウキを用いて5メートル四方のキャンバスに書き付ける大作もあるが、もっとも特徴的なのはJINMOが“極微細墨象”と呼ぶものである。これは毛筆先端の数本の毛のみを使って描かれる墨象で、まさに顕微鏡的規模の一筆を積み重ねていく。彼は約1年掛かりで、ようやく新聞紙大の作品を完成させる。その細部はまったく肉眼での確認も困難な程に緻密である。そして、この“極微細墨象”が、現在の“Drawings”に結びつく。

 JINMOに関してはその本名、生年月日、出身地、学歴などいっさいが公表されていない。これについては彼のアルバムをリリースする学研の担当ディレクターも、執筆原稿を受け取る雑誌編集者も、一切知らされていない。電話はもちろん郵便物も“JINMO”名義で届く。これは「私自身とは、私の作品自体である」という考えに基づいている。彼は作品以外で自らを語ろうとは、決してしない。

文章/Avant-attaque(アヴァン・アタック):HARI