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"Ascension Spectacle Concert 3"
2010年9月20日、岡山ペパーランドでおこなわれた
"Ascension Spectacle Concert 3"
現実としか思えない強いリアリティーを持った幻聴・幻視を、
参加者全員が体験したという、異常な事態を引き起こしました。
以下に参加された皆様からの感想を記載いたします。
“Ascension Spectacle Concert 3”の詳細はこちらをご覧ください。
岡山ペパーランドのサイトにも、感想と写真が掲載されています。

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“Ascension Spectacle Concert 3” 超感覚体験報告
2008年にリリースされた“Ascension Spectacle”の音源とゲーテの色彩論に基づいた照明効果による体験
画像1(作:MN氏) さらに、直線的な造形の未知の記号のようなものが、デジタルカウンターのような動きで高速で流れてゆく。〔画像 3〕 激しい轟音とともに終演。気分がニュートラルな状態に戻っていくとき、余韻のなかに新たなイメージが現れた。細菌が増殖してい く顕微鏡映像のように、無数の小さな長方形がランダムに増殖していく。〔画像 4〕
画像2(作:MN氏)
画像3(作:MN氏)
画像4(作:MN氏)
Jinmoid独奏と白色照明による体験
画像5(作:MN氏)
画像6(作:MN氏)
画像7(作:MN氏)
2010年9月20日に、岡山ペパーランドにて行われた"Ascension Spectacle:Concert 3"、3回の対談を含めた、全5部構成で行われた。 データ演奏、ギター演奏の合間に行われた、JINMO氏、能勢伊勢雄氏、嘉ノ海幹彦氏の話も勿論興味深いものがあったが、やはりあの場で行われた、体験した、その感想を書くとなったら、演奏体験の方を書くのが妥当だろう。
まず、はじめに行われた、データ演奏による"Ascension Spectacle:Concert 3"。 目の前が、1つの色で、完全に埋め尽くされた。 赤い画用紙を目の前に持ってきたら、目の前が全て真っ赤になる。 例えるなら、映画やアニメなどでたまにある、タイムトラベルのシーン。 360度、どこを見渡しても、同じ色。 それが、音楽に合わせてどんどん変化していく。 目をそらしても、目をつぶっても、耳をふさいでも、音と、光から、逃げられない。 私は立ち上がった。 能動的に、音と、光と、向き合った。 強烈な光の明滅の中に、川の流れや、人の眼を観た。
JINMO氏のギター演奏は、もう何度も体験しているし、その中で、フラジオレットによる自然倍音完全音階を演奏しているのも聴いたことがある。 しかし、この夜の演奏は、それとは明らかに異なるものであった。 演奏中、JINMO氏の姿は全く見えない。 JINMO氏の演奏は、アルバム"Ascension Spectacle"を意識したように思わせる、しかし、即興演奏。 完全に計算、構築されて作られた"Ascension Spectacle"と、ギターの即興演奏。 演奏中、私は、持参したICレコーダーを凝視してみた。 少しずつ、そして、どんどん見え方が変わってきた。 手を伸ばせば届く距離にあるはずのレコーダーが、数10メートル先にあるように感じる。 日常生活の中でも、ある一点を集中して見つめていたら、少しずつ見え方が変わることはままあるが、上記ほどの激しい変化は、まず無いだろう。 ICレコーダーを見つめていて起こった見え方の変化は、もう一つ。 バットをおでこにつけて10回転したら、目が回って周りの景色がグルグルと回って見える、というのを経験したことがある人も多いと思うが、床に座って音楽を聴いているだけで、それが起こったのだ。 この意識変容、実は"Ascension Spectacle:Concert 3"終演後にも起こったのだ。 上記の内容は、所謂感想ではなく、私が体験した内容を書いた「主観的事実」である(一部客観的事実も含まれる)。 そして、こんなにも非常識的体験をしたにもかかわらず、私が持った感想というのは、実に単純で、幼稚なものだ。 おそらく、あまりにも常識からかけ離れている体験だったので、今までの人生経験と照らし合わせた、所謂「オトナの感想」を持つことができないのであろう。 「楽しかった」「驚いた」「気持よかった」。 嗚呼、早く” Ascension Spectacle:Concert 4”を体験したい。
歯がはじめて痛んだのは、"Ascension Spectacle Concert 3"の少し前だが、無関係だとは思わない。
第一部("Ascension Spectacle") 第二部(Ascension Spectacle : ギター独奏) 感想として見たもの・聴いたものを書きましたが、胡蝶の夢と表現されてたように、あまりにもハッキリ見たために今も本当に体験したのか自分自身でも妙な感じがします。
あの時に感じたことのメモを中心にまとめました。
(撮影:DM氏) 第一部("Ascension Spectacle") 明確に視認できる粒子状の幾何学模様。
(撮影:DM氏) 第二部(Ascension Spectacle : ギター独奏) 至近距離からのライトの激しい明滅に絶えられずに目を閉じるも、穿刺のような光からは逃れられず。 胡座を組んでいた脚の痺れだけが、唯一信じられる、現実との繋がり。
・・・大阪府 TM氏・・・ 今回はいい体験をさせて頂きました。 言葉に出来ないというのが、最も適した感想かもしれませんが(笑) 以下感想です。 "Ascension Spectacle"はCDで何度も聴いていたが、PEPPERLANDの音響設備で聴く本来の姿は音楽という概念を遥かに超えたものだった。 自分の手すら見えない圧倒的な量のスモークの中、ゲーテの色彩論を元にした青、緑、黄色、赤、そして闇へと変化する世界。 しばらくすると音の中から女の人が翻訳不可能な言葉を話すのが聞こえてきた、それがだんだん子供達の声になったり、男性の声になったり...。 生命の危機すら感じる圧倒的な音の嵐の中、全身全霊で感じる圧倒的な多幸感。 あの体験から丁度1日。
(撮影:TM氏)
スモークが会場全体を覆い、意識していなかった天上のライトに意識が向きました。 会談も大変、興味深かく面白かったです。 まとめ、
演奏を聴く前に「幻聴、幻覚を視るよ」と聞いていてたので少し身構えてました。 が、体験中はそれらがあまりに自然に見えたり聴こえたりするので違和感なく受け入れてました。 そういった現象が起きたのですが、体験中は音や光の洪水に身をまかせ、ああ、気持ちいいな、愉しいな、と感じてただけです。 体験後、1週間ほど肌の弾力性や保水力が上がってしっとりしてました。細胞レベルでの効果を実感しました。 映画やお風呂に入りに行くように、ふらっと日常的に体験できるよう、アミューズメント施設に常設されたり、ボディ・ケアのマッサージとして運用されたりすると良いなとおもいました。 素晴らしい体験をありがとうございました!
"Ascension Spectacle:Concert 3"に向けて。 "Ascension Spectacle:Concert 3"の数日前に寄せられた寄稿文 ・・・大阪府 MN氏・・・ "Ascension Spectacle:初演"と、"Ascension Spectacle:インストール"の体験記を書きました。 2004年4月27日、"Ascension Spectacle:初演"開演前、参加者には、まず1人1本ずつロウソクが配られた。全員のロウソクに火が灯されると会場の照明が消え、無数のゆらめく炎と共に"それ"は始まった。 開演。 可聴音の単純なフレーズの反復から始まった"初演"は、徐々に超音波帯域の音が積み重ねられ、「耳で聴く」ではなく「脳で感じる」ものへと変容し ていくようだった。さらに、「脳」すらもたない昆虫が反射運動だけで刺激に反応するように、思考を停止して、聞こえぬ音の波に感覚を委ねる。 ロウソクの炎を見続けようと視線を固定していても、EMDR効果を計算して施されたパンニングによるものなのか、眼球が自然に左右に動き回る。 両眼視差によって二重にゆらめく炎はやがて、水に拡散する水彩絵具のように、周囲の闇に溶け込んでゆく。さらにそれは視界全体に広がり、会場の壁を透過して宇宙全体にまで広がっていくように感じられた。 天空に乱舞する炎のオーロラ。そしてその背後に、確かにその存在を感じる巨樹のイメージ。話は更に過去へ遡る。 2001年。「無眼球室」というイベントに参加した。 (詳細はhttp://www.jinmo.com/main_words/words_5.htmlを参照) 目隠しされ、胎児のような姿勢に四肢が固定されるように拘束された状態。つまり、視覚と身体感覚を遮断することによって、より聴覚が鋭敏になっ た状態で行われた演奏会。参加者の多くは、目隠しによって奪われた視覚で様々なものを見たという。その日、自分の瞼の裏の虚空に出現したのは、巨大な 「樹」のイメージだった。周囲の暗黒とは異なる質量を持った、見えないけれどそこにそびえている、巨樹のような闇。自分はそれを、大江健三郎氏の小説 『「雨の木」を聴く女たち』と、元「Japan」のメンバーが再結集して作ったアルバム『Rain Tree Crow』に因んで"raintree"と名付けた。 その"raintree"が"Ascension Spectacle:初演"において、天空いっぱいに枝を伸ばして、再び立ち現れた。その樹幹の内部では、流体のようなものが脈動し、毛細血管のような微 細な枝をどんどん増殖させていく。炎のオーロラが乱舞していた空間は、やがて"raintree"の枝で埋め尽くされた。 そして強烈な閃光と轟音。 終演。 "raintree"がそびえる宇宙は静かに空間を収束させていった。 当日、自分が会場で記した感想 『"無眼球室"の時よりキマシタ。自分の内宇宙にある"raintree"との再びの邂逅でした。』 『ろうそくの炎は双つの眼球の中で脈動するオーロラと化し、我が内宇宙の天空いっぱいに乱舞していました。』 2008年7月26日、"Ascension Spectacle:インストール"強力なスモークマシンが稼働し、会場内は白色に満たされていく。やがて、自分のすぐ前にいる人の背中すら見えなくなる。何も見えない。空白の世界。 開演。 可聴音域外の周波数帯を含む数千トラックに及ぶと言われる純正率倍音の積層が、結晶のように純粋に、悪魔のように純真に、響き満ちていく。 前回、"初演"では、ロウソクの炎という「見る対象」、ちゃんと上を向くようにロウソクを持ち続けるという「意識を向ける対象」があり、それに よってもたらされた効果もあった。ロウソクの炎を触媒として投影された内なるイメージ "raintree"。けれど、その「対象に意識を向ける行為」 によって、「無意識のうちに不要な感覚や思考を遮断する」ことが阻害されていたようにも思う。 しかし今回は「意識を向ける対象」が何もない。どちらを見回しても、とにかく「白」しかない世界。「広さ」という概念すら知覚できない。「space」ではなく「vacuity」と言うべき空間。 イメージとしての"raintree"は既に分解され、見る、聞く、といった五感での分類など意味を成さなくなる感覚領域のリフレッシュ。知覚を放棄し、純粋に刺激として受容する。心地よい破壊と上昇感覚。まさしく"ascension"。 "無眼球室"と"Ascension Spectacle:初演"は、自分にとっては「内なる宇宙への旅」だったのに対し、"Ascension Spectacle:インストール"は「上へ」「外へ」という感覚。意識が高揚しているのに気分は落ち着いているという不思議な感覚。 終演。 心地よい覚醒感とともに重力圏に帰還。 当日、自分が会場で記した感想 『Ascension Spectacleの乳海の撹拌のただなかに、 知覚の系統樹"raintree"は素粒子レベルにまで分解され、 無数のアプサラス達に転生し、五百羅漢達の慟哭に祝福されて、 舞い踊りながら、昇天して行った...。 "黒"の"無眼球室"と、"白"の"Ascension Spectacle"。 かつてJINMOは"無眼球室"という、内なる宇宙にダイヴするためのブラックホールを提示した。 そして今日、"Ascension Spectacle"というホワイトホールをインストールし、 更なる高次元へと続く知覚の扉を開放した。 祝・Star Gate開通。』
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